1995 Ironman Japan

 アイアンマンジャパンも3回目の出場となり、ずいぶんと勝手がわかってきた。

 この年はコースが大幅に変更されたのだった。
 これまでバイクコースは、琵琶湖北側の山岳路を3カ所折り返したのち一気に南下して伊吹山の麓をまわっていましたが、山岳折り返し後はふたたび琵琶湖畔にもどり、湖畔道路を3往復する(比較的フラットな)コースに変更。

 そしてランコースも変更された。
 いままで湖畔の奧びわスポーツの森でバイクフィニッシュし、田園地帯をまわり、長浜城を正面に臨む豊公園でレースフィニッシュするコースが、長浜ドームの新設により、それを利用するようになった。
 つまり長浜ドーム内でバイクフィニッシュし、そこからスタートして湖畔の田園地帯をまわり、ふたたびドームに戻って(屋内で)フィニッシュというもの。

 個人的には外でやるスポーツなのでナンデ屋内でゴールしなければならないのだ!と勝手に思うのだが....

 そしてこの年、招待選手にはアイアンマンハワイで5連覇を成し遂げているマーク・アレンがやってきた。
 レース途中で彼の走りを見ることができるか?

 レース当日、一緒に練習している山根英紀コーチひきいるチーム(稲毛インターナショナルトライアスロンクラブの面々が応援にきてくれた。
 なんでも夜中に千葉を出発し、午前6時前にはスイムスタート会場に来てくれていた(ウレシヤ)!

(右は会場入り口:同じチームの旧姓まさきちゃんと


 天気は曇天。

 ウエットスーツをいままでのノースリーブからフルウエット(袖付き)に変えて最初のレース。

 スイムは琵琶湖畔、松原水泳場からスタート。
 沖合に約1000mくらい泳いで右にターン。岸にほぼ平行に2kmくらいおよいでから、右にターンし、彦根プリンスを目指すコースだったと思う(ターンまでの細かい距離は忘れてしまった)。

 この時はトイレに苦労しました。なんたって仮設トイレが10個くらいあったって、絶対的に足りないのです。そこに選手800人とかくるから、かなり長蛇の列に。一応スタートできる準備は終えてトイレの列に並んだけれども、順番がなかなか来ない....
 スタート時刻は迫ってくる。
 そしてようやく用をすませトイレから出ると、もうスタート5分前!

 大あわてでウエットスーツを着て、ゴーグルをつけてスタートラインに並んだら、すぐに「バーン」とスタートのピストルが。

 水温はやや冷たいものの特に問題もなく、いつものマイペースで泳ぎ始める。少しは練習したのでスイムのタイムアップを期待しながら、自分よりちょっとだけ速そうな選手を探す。
 ちょうど最初のターンをした直後、ピンク色のゴーグルをした選手が左手に見えた。結構まっすぐ泳いでいそう....
 左オープンなので、その選手を目標に泳ぐことにする。

 2つ目のブイも回り、プリンスを目標に岸にむかう。
 この頃からだんだんと腕がだるくなってきたが、なんとかフィニッシュ。
 上陸する桟橋にかけられている時計を見上げると、1時間5分台で、今までではもっとも良いタイムだ。

 少しだけ気をよくして、通路をまわりこみバイクトランジットに。


 どうやらスイム中に雨が降ったらしく、路面が濡れている。
 慎重にバイクをスタート。

 最初の5分ほどは軽いギアで回転を上げ気味にしてウォームアップ。5分をすぎるとギアを巡航に入れ替えて、一路北上。
 この年から余呉湖はコースから外れ、まず北国街道柳ヶ瀬の折り返しに向かう。
 しかし調子が悪い。
 調子が悪いというよりは、筋肉痛が残っている.....(右の写真は2つ目の折り返しに向かう途中)

 実はこの大会の1週前に、伊豆修善寺のCSC(サイクルスポーツセンター)で開かれたデュアスロン大会に出場していたのでした。

 伊豆CSCはご存じの方も多いと思うのだが、アップダウンが結構あるのです。
 当初は刺激入れのつもりだったのですが、ツイ途中から何故かキアイが入ってしまい(笑)、バイク後半から最後のランは100%で走ってしまったのでした。
 結果は一般の部7位(エイジ1位)だったのですが、土産にたっぷりと筋肉痛をもらってしまい、その筋肉痛がなんとか回復したに思えたのが木曜日。これってもうレース3日前!
 やっぱり計画性がないとダメですねぇ.....

 というワケか?登りが遅い.....
 いつもなら大抵まわりの選手に登りで差をつけられるハズなのですが、逆に抜かれる始末。

 それでもガマン、ガマンの走りで2つ目、そして3つ目の山間折り返しを終え、琵琶湖畔に戻ってくる直前。
 ここで再び北陸本線の踏切を渡るのですが、なんと警報機が!
 そう踏切に引っかかってしまったのです、ちょうど前に選手が2人。

 そして警報機が鳴りやんで遮断機が上がる前にふと後ろを振り向くと.....ななんと20名くらいの選手がズラ〜と並んでいるではないですか。

 残りの区間はフラット。20名以上の同時スタート。ダンゴになるのは必至です。

 そしてフラットな湖畔区間3往復。当然集団になります。抜けだそうとしてもそんなに実力差があるわけではないので、できない.....
 往復区間でそんな集団を3つくらい見かけました。

 後日TJ(Triathlon Japan)という雑誌にこのレースでのドラフティングが取りざたされて(特集のような記事まで組まれて)いましたが、20人以上の同時スタートという状況など全く書かれて(検証されて)おらず、雑誌記事なんていい加減なものだとカンジましたね〜。

 とはいえ150kmも過ぎると少しは力差がでてきます。
 ようやく3周回目に選手がバラけてきたので「ここぞ」と抜け出す試みをしました。なんとかパラパラと集団から抜け出ることができたのです。

 そしてそのままバイクフィニッシュの長浜ドームへ。


 天候は曇天、結構走りやすい気温。
 ランスタートはいつものようにやや速めに入り5km過ぎの祇園のエイドを21分くらいで通過。
 その頃とある選手と併走状態となり、話をしながらのランとなりました。
(写真右側が私、左が高橋真選手)

 途中にある橋のたもとでチームの皆が応援してくれて、写真を撮ってくれました。その時の順位が140番くらい。

 先は長いので焦らずペースを崩さずに走るだけ。

 田園地帯をぐるりとまわり、ふたたびチームの仲間が応援してくれている橋に戻った時点で90番くらいとのこと。
 この30km地点あたりから、ビルドアップ的にペースをあげていきました。

 30kmをすぎると結構バテている選手が多く、結構抜けるようになります。
 35kmあたりからは「気持ち」は全力!

 長浜の町を抜け、昨年までのゴール地点である豊公園を右手に見ながら南下。
 小さく見えた長浜ドームがだんだん大きくなってきます。

 そして正面ゲートを左折し、左奧にある入り口側から回り込んでドーム内に。

 奧にあるフィニッシュラインを切る直前に9時間44分の時計が見えたのです(自己ベスト)。

 総合順位は72位(エイジ順位は15位)で、ハワイの権利もゲットできたのでした。

 しかしマークアレンは強かった。もちろんランニングではその姿を一度も見ることはありませんでした.....


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