| 1997 Ironman Japan | ||
| 最後のびわ湖・アイアンマンジャパン
5回目のアイアンマン・ジャパン。 しかし諸般の事情によりアイアンマンジャパンのびわ湖大会は最後となった。大会会場でも、開催打ち切りの噂がとびかっていた。 さて、悪いことは重なるもので、折しも台風8号が日本本土、関西地方を直撃したため大荒れの天候となってしまった。 そのため、バイクの車検後はバイク依託をせずに選手が宿に持ち帰る特例措置がとられた。 しかしこの年は、自転車を宿に持って帰るという不思議な体験になった。 そして、果たして、台風は午後11時前後に滋賀県上空を通過した。 |
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| 翌日、レース当日。 ふつうならば台風一過となって、空は晴れ渡ってもいいはず。 しかし、ちがう。 空は曇り。そしてパラパラと雨が降る。そして強風。吹き返しの強い北風が吹いている。 当日の早朝、大会会場に向かう車の中からびわ湖に目をやると、無数の白波が立っているのがみえた。いやな予感..... そして、会場での公式アナウンスは、コースブイと、プリンスホテル裏側の岸に作られたスイム上陸用の桟橋が流されたことにより、スイムはキャンセルというものだった。 従来のスタート時刻6:30を1時間繰下げ、招待選手、外国人選手、女子、男子のレースナンバー順に、7:30より5秒間隔でバイクからスタートとするというもの。 午前5時にはすべての準備を終えていたため、かなり間のあいた時間が流れた(だってやるコトなかったので...)。 レースナンバーは名字のアルファベット順にふられているので、スタートはかなり最後の方。 ようやく自分の自分の順番に。 コールとともに、ゆっくりと走り出した。 |
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| 琵琶湖畔を北上する部分は、例年スイム終了直後はゆるい追い風(南風)になる。 しかし台風の吹き返しの強い北風が吹くため、最初からつらい旅となった。 最初の折返し地点である45km地点の椿坂まで完全な向かい風となり、ギアはアウターとインナーを行ったり来たり。 調子はあまりよくない。 抑えなくてはいけないと知りつつも、抑えすぎるとタイムの伸びないというジレンマに陥りながら、ひたすら風を避けるように頭の位置を低くしてペダルを回すだけ。 椿坂で折返し南下すると待望の追い風。 4つ目の曲谷を折返し、再度応援の中をくぐって湖畔に向かって東走する田園地帯に戻ると、また強い向かい風の洗礼を受けることになった。 ランは気温こそ上がらなかったが強い日差しとの戦いだった。 コースは田園地帯の中を、距離を稼ぐために右に左にと曲がるため、それにつれて風向きも変化し、ペースをつかみにくい。 そこからは二人でまるでランニングの練習会のようにペースが上がる。 5秒置きスタートによって自分の順位はほとんど不明。 バイクで消耗した足は今ひとつリズムに乗れずペースが上がるどころケイ攣がはじまる始末。 とにかく全力は出し切ったつもりなので、ケイレンが収まってからホテルに戻る。 翌月曜日。 最後のびわ湖大会だった。 しかし5秒おきの時差スタートのためか、誰もが自分の順位がよくわからない。 |
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